映画「ひめゆり」――ひめゆり生存者の証言



先週の土曜日、ドキュメンタリー映画「ひめゆり」を観てきました。


これは「ひめゆり学徒隊」の生存者による当時の証言を映像化したもので、ストーリーや脚色などは一切なく、ただ訥訥と沖縄の「オバー」たちの話を繋ぎ合わせたドキュメンタリーフィルムです。

「ひめゆり学徒隊」とは1945年の沖縄本土戦が行われた際に戦場の医療補助員として動員された女子生徒たちのことです。

彼女達の学校「沖縄師範学校女子部」と「沖縄県立第一高等女学校」が同じ敷地に移動された際に、それぞれの校友会誌「乙姫」と「白百合」を併せて「姫百合」としたことから、通称「ひめゆり学園」と呼ばれるようになりました。

オバーたちはそれぞれ地獄そのものである数ヶ月間を過ごし、多くの犠牲を目の当たりにしながら生き延びました。

とても流暢に彼女たちが話すので、もしかしたら語り慣れているのではないかとも思えましたが、ほとんどの方がそのカメラの前で初めて話をしたということに、深い衝撃を受けました。

かつて自分が死と隣り合わせに過ごし、友人が血を流し、手足や頭を失って絶命するのを昨日のことのように覚えているのでしょう・・・とてもリアルに語っておられました。


これはDVDが出る予定がなく、テレビでも放送されることがありません。
彼女達や他の戦争経験者にとっても、思い出すことすらとても辛くて、できることなら封印しておきたかった記憶を話してくれたものですから、そういった形での頒布を望んでいないということです。

その代わりに全国の色んな方々がこの映画を応援しており、その中にはCoccoの名前もあります。

「今わからなくても、今怖いと思っても、今避けようと思っても、今、若い人が知るべきなわけ。知ってたら、いつでもいい、思い出すのは。ただ、知っていて欲しい。でもあんな経験してない私たちには絶対わからないわけだし、ピンと来ないからといって罪悪感を感じないで欲しい。」

上映会にてCoccoはこの映画を観た後に、他の観覧者へと向けて語りかけたといいます。

・わからなくても、知ればいい。
・いつか思い出すとき、ピンと来るときがあるかもしれない。
・経験していない私たちが、映画を観てピンと来るなんて絶対にない。
・だからそこに罪悪感を感じて、知ることや伝えることにしり込みする必要はない

まさに私もそう思います。

ぜひ、より多くのひと――できるなら若い人にこそ観て欲しいと思います。
それがひめゆりの犠牲者、ひいては全ての戦没者の鎮魂につながるのではないでしょうか。


PS

もう一つ印象的だったのは、「アメリカが憎い」とも「日本が憎い」とも彼女たちは言っていないことです。

ただただ、彼女たちから感じたのは「恐怖」と「悲しみ」、そして「生きる意志」です。

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