2007年10月25日
今朝の宮崎市内の空は曇り/混ざり合いの社会
後に晴れるか。最近雨らしい雨、秋雨がないのは?気になりますが。ー 宮崎アートフェスティバル2007 ー このブログでは、任意の社会活動の広報支援をして、社会参画の一翼を担っています。 世代を超えた人間同士の交流を期待しています。 ー 混ざり合いの社会 ー 「社会の素晴らしさ」は、様々な状況の異なった人間同士が「いかにして自然に混ざり合うか」によって決まるのだと私は信じています。 問題を発掘する目的で同じ者同士が集まって、問題が解決したら、素早く元通りに他と自然に混ざり合うことが必要です。 同類同士が集まったままで固まってしまうと危険です。自分たちだけの主張が強くなり、他との対抗意識が盛り上がり「排他的な動きが芽生え、力が増すのに伴って危険な存在」になるのです。 人種問題などは、自然に混ざり合わなかったため、同類が固まった結果、差別が生じ社会的不安に発展していくのです。 コンクリートは「繰り石・砂・セメントの、それぞれ違った3つの材料」が、ほどよく「混ざり合って水で固められたもの」です。 それが必要な期間養生されてはじめて「所定の強さ」を発揮するのです。 3つの材料が分離して、同じ者同士が集まっていて「混ざり具合が悪い」と、もろくて直ぐに壊れるのです。 人間社会も同じです「年代・身体の具合など様々な人が普段から混ざり合って生活し、隣同士がお互いに助けあい、強く結びつく」ことにより社会としての力(社会力)が発揮され安定した暮らしやすい社会になるのです。 孤独死・自殺・虐待などは起こりえないのです。 これらのことをご理解下さいね! 各種の色々な人が混ざり合う機会・場として、各種のイベントが企画されます。 それらに、積極的に参加しましょう。 今まで他人同士であった人との出会いを通じて、その場だけの癒しでも、また、場合によっては再びの出会いに、交流に繋がる機会になるかも知れないのです。
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「ふうせん」の方が「フウセン」より似合いますね。 「ふうせん」は赤ちゃんの肌触り、その柔らかく、弾力性のある感触は、母親に対する郷愁を覚えます。 その「ふうせん」を使った、様々な可能性を試みる「楽しいイベント」です。 誰でもが楽しめるのです。 「参加して良かった!」と、多くの人から納得してもらえる企画が「たーくさん」用意されています。 ご期待下さい。
愛猫:Mです! ー 私は好きなのです ー 私は、花壇やガーデヒニング灘で咲いているはなの好きですが、人為的に植えられていないはなが、場合によったら、引っこ抜かれたかも知れない「場所違いの花」が、より好きなのです。 風に飛ばされて「自ら居場所を選んでいる」。とても、考えられないような厳しい状況の下で、頑張って咲いている姿、その花が好きなのです。 以前は一本だけだったのですよ。それが分蘖(ぶんけつ)して、このように立派に多くの花を咲かせているのです。
日日草
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2007年10月22日
今朝の宮崎市内の空はニッポンバレ
「雲一つないニッポンバレ!」のはずであるが、空が白っぽくて、青さが「子供時分に記憶している青さ」と比べて納得いかない。 以前から指摘している中国から襲ってくる公害を含んだ黄砂が原因であることは否定できない。南のベランダから南西の空:鰐塚山方面を望む
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2007年10月16日
宮崎市内の空は晴れ
朝晩秋らしくなった、今朝は晴れ。青空とまでは言えないが、快晴である。 ー 朝の部屋への陽射し効果 ー 幸いにしたマンション住まい4階は、高すぎず低すぎずで、陽射しが差し込んで年中、冷暖房に頼らない生活を楽しんでいる。 居間の金魚水槽に朝陽が当たってプリズム効果、あわててコップ置いたが、白は黒の間違いであった。
部屋を片づけて布団を積み上げて、愛猫Mを呼んだら、気持ちよさそうにくつろいでいる。
額の印「M」が名前です。
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2007年10月15日
今朝の宮崎の空は快晴であるが、白っぽい!
言うまでもなく中国からの公害を伴った黄砂の影響と考えられる。 晴れても、 空色(青空) が見られない。 空色が「青」から白っぽい色に変化して、日常化してきた。 「青」は「宙(そら)」である。 美術の教科書の「空色」の「青」は、「白っぽい色」に定義の変更が必要である。 時代変化を実感させられる。 政治家は、民間で常識の「金の使い道の証である」はずの「領収書」について、国民に通用しない非常識な歪曲した解釈で、国民を誤魔化そうとしているが、この空の色が変わっている重大さ気づかないのか。南のベランダから東南の方向を見る。 この事実を認識しましょう。
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2007年10月13日
ユニバーサルライフメッセージ
2007年3月22日の文章より この冬(平成一八~一九年)ほど思わせられることは、過去になかった。 地球がおかしくなったのではないか?と そこで、私が以前から考えていたことを、ご紹介します。 我が儘な人間は 生き物の中で特別(万物の霊長)であり得るか、そのことについて考えてみよう! 自然を出来るだけ受け容れて 自然を楽しみながら 地球に優しく 自然でスマートに生きよう! 自然とは、色々な異なった要素が複雑に混ざり合って、常に変化している状態である。 人間は「生き物サミット」で「リーダー」になりうるか? ユニバーサルライフメッセージ 一.自然の恩恵を受けながら「自然を拒否」した生き物は、人間だけです。 (人間は自然と喧嘩しても絶対に勝てないのです。自然と身近で仲良くし、オシャレにつきあって有効に工夫・活用し楽しむことを習慣にしよう) 二.自然界(地球上)で、「不自然な生活をしている生き物」。それは人間だけです。 (便利さを優先した生活・運動不足、薬漬け・潔癖性などは、身体の機能の退化・体力の衰えを招き、対病原菌免疫抵抗力がなくなり、病気になりやすい) 三.自然の創造神が地下深くに隠された「化石資源(非生産財)」に頼った生活をしている生き物は、人間だけです。 (その時点から狂いはじめた。自然系で循環的に生産されるエネルギー・資源を有効的に活用しよう) 四.創造神から足(脚)をいただいて「歩くことを拒否し楽しむ権利」を放棄している生き物は、人間だけです。 (歩けなくなって判る、歩けることの有り難さ。乗用車の悪用・乱用を慎み、効率・実用的な活用範囲に留め、地球への負担を抑制しよう) 五.都会人に比べ地方の人は「ドアと駐車場の間」だけしか歩けなくなり、乗用車内に閉じこもってしまったのです。 (道で、里で、街でも地上から人影が消え、出会いがなくなった。交通渋滞・事故が増え「子どもの遊び場・立ち話が出来る通りが車道になった。繁華街がシャッター通りと駐車場に変わった。地域全体が寂れてしまった) 六.人間社会では現在、場所・日時・リーダーを決め、ゾロゾロと「徒歩のイベント化」の不自然さに気付こう。 (徒歩のイベント化は否定しないが、個人の意志で普段、必要に応じて、楽しみながら習慣的に歩こう) 七.歩けば「大自然・ありのままの社会・それに己自身の生き方」が、つぶさに見えてくるのです。 (歩いていると、車内の限られた視界よりも、色々なものが見え、楽しみがある。考えが浮かび、気づきがあり、自分だけが「何か得した不思議な気分」になれる) 八.日常「不用意」な乗用車の乱用者は、徒歩による「若さ・健康美・楽しみ」を拒否し権利を放棄した人です。 (徒歩は肥満防止。適度の外気(暑さ寒さ)を直接肌に受けて、その刺激で皮膚が活性化し美肌になる、若さを保ち美人になるための基本) 九.自然(暑さ・寒さ)を拒否した「完全冷暖房」は、肌の不活性かにつながるので、ほどほどにしましょう。 (外気刺激不足で、皮膚の体温調節機能を退化させ、肌が荒れ老化し、風邪をひきやすくする) 常識は多くが認めているが「いつまでも正しいとは限らない」世につれ移り変わるもの。 十.普段の差別など常識を含めて、不平等・不自然な生活に「気づいていない人」は、「生活習慣病」患者です。 (世の中の有識者・リーダーを含めて、そのことの不自然な生活に気付いても、なお、改められない人は「不治の病」を患っている人) 十一.社会不安の原因に「不自然な家庭・社会生活」からくる「ストレス」が背景にあると考えられます。 (特に、子供は拘束しないで、自然と社会に触れられる自由な機会を適切に与え、自立心を育て見守ろう) 十二.人間は困ったら「自然な生活」をしている他の生き物の「生き方」に学ぼう! 十三.日常の健康を維持し地球に優しく生きよう。(自然を生活の中で、適切に受け容れる) そのため日常生活に「徒歩の楽しみ」を復活し「自然な動物らしさ」を取り戻そう! 十月四日は 「徒歩の日」 です。 普段の生活に徒歩の復活を! == 健康であること == そのことが立派な社会貢献です! 自戒を込めて・・…貞 原 信 義代表 : 徒歩を楽しむ会・徒歩通勤を楽しむ会・徒歩で橋を楽しむ会 1人でも出来るボランティア(自分自身で考えて実践) (会則なし・非会員登録制・非集団行動・啓蒙実践団体) 傲慢な人間は「自然を護る」と言う、 「自然に護られ、生かされている」事実を認識しよう!。 今更、ここまできて「現状を否定しては、生きにくい」のです。 しかし、上記について少しは考えてみる必要があるのでは・・・・。
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- 18:06 |
- 箴言 |
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「ふうせん」の方が「フウセン」より似合いますね。
「ふうせん」は赤ちゃんの肌触り、その柔らかく、弾力性のある感触は、母親に対する郷愁を覚えます。
その「ふうせん」を使った、様々な可能性を試みる「楽しいイベント」です。
誰でもが楽しめるのです。
「参加して良かった!」と、多くの人から納得してもらえる企画が「たーくさん」用意されています。
ご期待下さい。
愛猫:Mです!
日日草
南のベランダから南西の空:鰐塚山方面を望む
青空とまでは言えないが、快晴である。
ー 朝の部屋への陽射し効果 ー
幸いにしたマンション住まい4階は、高すぎず低すぎずで、陽射しが差し込んで年中、冷暖房に頼らない生活を楽しんでいる。
居間の金魚水槽に朝陽が当たってプリズム効果、あわててコップ置いたが、白は黒の間違いであった。
部屋を片づけて布団を積み上げて、愛猫Mを呼んだら、気持ちよさそうにくつろいでいる。
額の印「M」が名前です。
南のベランダから東南の方向を見る。
この事実を認識しましょう。
代表 : 徒歩を楽しむ会・徒歩通勤を楽しむ会・徒歩で橋を楽しむ会
1人でも出来るボランティア(自分自身で考えて実践)
(会則なし・非会員登録制・非集団行動・啓蒙実践団体)
傲慢な人間は「自然を護る」と言う、
「自然に護られ、生かされている」事実を認識しよう!。
今更、ここまできて「現状を否定しては、生きにくい」のです。
しかし、上記について少しは考えてみる必要があるのでは・・・・。


