学生起業家と恋愛雑記 岡本太郎から学ぶ

3月初めてのブログとなりました。

社長業をはじめて早2ヶ月が過ぎました。
毎日、困惑することも、歓喜することも両方たっぷり味わっています。


ベロタクシーが函館を走るのも、秒読み。
ドライバーも函館の勉強に必死です!


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 閑話休題
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以下雑記です。

まあ、突然ですが、恋愛の話をしてみたいと思うのです。
ぼくも若いのだから、そういう話もいいだろう。
いつも街づくりとかビジネスとかだけってのもつまらないし。


先日、茂呂家で知人と飲んでいたとき、恋愛話になりました。
内容としては将来結婚したいか、したくないか?というあまり生産的ではない、しかし真剣な話だったのです。


茂呂は、結婚はしたいとは思わない人間だ。いつか血迷って結婚はするのかもだけど、基本的にはあまりしたくないのだ。それは結婚→家族というシステムに違和感を感じているからだ。

恋愛したいという想いもあまり今はない。将来的にどうなるかは別として。

起業家の想いは基本的に実現する。
逆に恋愛したいという想いがないので実現しない、というただそれだけなんだと思う。



僕は恋愛は得意ではない。
少なくともモテモテで困るような経験は人生では一度もないし、今後も予定されていない。
恋愛は自分の中でひそかに恋愛するのが楽しい。妄想恋愛派なのだ。相思相愛の瞬間、飽和してしまい、味気なくなってしまう。
個人的な話だが、茂呂の前回の恋愛はそういう意味で最初から最後まで不飽和的であり、成功といえる。
この種の恋愛はバランス感覚が命だ。バランスをとろうとためには素質としてマゾヒスティックであるが故、変態的恋愛になる。



そういう意味で最近読んだ本でも一方通行の恋愛についておんなじことが書いてあったな。
茂呂の大好きな岡本太郎さんの話。

太郎さんは恋愛について、「愛はすべてが闘いだった」といっている。
・男と女は異質であり、2つで 1体のもので、女性を愛するためには、本気で1つになるためには、自分との闘いなのだと。

・恋愛の本当の答えは相思相愛ではなく、究極的に人は常に片思いで、そういう意味でどっちのほうがより深く恋愛しているかなんてい意識することは無意味なのだ。


・恋愛も自分をぶつける対象で全身をぶつけることにすばらしさがある、そういう意味で恋愛も芸術もおんなじなのだ。


なるほど~とおもった。
太郎さんは非常にシンプルで素直な方だな~と感じた。シンプルで深いぜ。

魂はひとつだ、って感じ。
だからああいう絵が残るんだって感じ。
爆発だ。



愛はすべてが闘いだったと言い切れる太郎さん、かっこいい。
熱いよね。



人に依存しない恋愛、自分に依存する恋愛は究極の恋愛だと思う。
これって起業とおんなじだ。
会社の経営方針は究極的には自分に依存するものだと思う。



ぼくにとっての起業は「学び」の繰り返しであり、高い授業料でリスクの高い「学び舎」である。唯一のメリットは「必ず学べる」ということ。

経営とか起業とか、人より早くして学ぶチャンスをいただいた。
ただ、それを「ノウハウ」とか「学生起業家経営戦略」みたいな陳腐なものではなく、恋愛とか、人生哲学とか、周りの社会(たとえば函館市の)学びでありたい。


若いのだから、今後の人生に使える多くの失敗と成功をしたい。
体を張って受け止められたいものです。

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他愛もない内容で恐縮です。


恋愛とか、仕事とかに分けるんじゃなくて、公私混同で学ぶのが起業家的なのだなとか考えました。



そう、だから僕はきっと恋愛においても起業家であり続けたいのだ。

ぼくも偉そうなことをいうようになったもんです。
茂呂という人間、相当厄介だな、こりゃ、とか思うのでした。

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