2008年05月13日
シュタイナー学校のバザー
シュタイナー教育をご存知だろうか? 子供に表面的に学力をつけさせるだけの学校ではなく、 学校の授業を通して、一人一人の子供達の内面に在る創造力を豊かに引き出し、 その子本来の持つ意志力を強め、 将来大人になった時、その内面に息づく生きていく力を自由に発揮させられるようにとの人間教育を目指す学校だ。 ”今”という時間を、生き生きと生きている子供は、自然と学力も上がっていく。 内面に染み込む ”学力” がついていくのは、むしろ副産物といえるかもしれない。 この様な学校は、世界中にたくさん散らばっている。 もちろん、日本にも! (検索「シュタイナー学校」) 大概は、数人の親が集まるホームスクーリングからスタートして、少しずつ人数が集まり、学校の体裁をとり始める。 我が家の子供達は、地元のそんなシュタイナー教育の実践に向けて 親達が営む非営利の学校に通っている。 普通の家庭の、普通の家の、普通の主婦やお父さん達が、 仕事や子育ての合間に、学校も運営していくのは、並大抵じゃない。 そんな親達を駆り立てるのは、ひとえに「情熱」だけだ。 自分が、こんな学校に通いたかった。 せめて子供に、通わせてあげたい。そして、ついでに自分も疑似体験させてもらおう。 むしろ、逆かもしれない。 だから、 もしかしたら、駆り立てているのは、親の「エゴ」かもしれない。 そんな親のエゴが、ピークに達する学校の2大イベント、春のバザーとクリスマスのバザー。 先週末、その春のバザー「メイ・フェア」が終わった。 まだ冬が終わりきらない内から準備が始まる。 私は、毎年クラフト担当だ。 ボランティアのお母さん達に声を掛けて、クラフトのキットを作り、家で作ってもらう。 そして、それを当日売るのだ。 主人は、今年初参加でフード担当。本職が料理人なのでお手の物と思いきや、 基本的に材料をレストランやスーパーに寄付してもらうのを頼むところから始まるので、 大変だったようだ。苦手な英語の書類とも格闘して、街に衛生食品取り扱い許可を申請する。 声を上げれば、どことなりと手助けの手がやってくる。 だまっていると、すっかりまかされて、ドキマギと緊張が高まってくる。 だから、臆せずに、どんどん自分の要求をみんなに頼む事ができるようになった。 これが、学校のボランティア活動で私が学んだ事だ。 そして、これが本来の個人主義なんだと思った。 私が、」「私が、」「自分さえ良ければ...」的なのは 個人主義ではなく、個人勝手だと教えてもらった。 多くの親達のエネルギーの甲斐あって、 今年もメイ・フェアは、大盛況に終わった。 今年は、というか毎年季節柄雨が心配されるのですが、 奇跡的に一度も雨に降られた事がないんです!! 今年もそのミラクルは起こりました。 天気予報は、雨でしたが、 イベントが始まる頃微かに降っていた雨が止み、 イベント終了と共に空から雨粒がポタポタ落ちてきました。 何か大いなる存在に見守られていると感じられてなりません。 特に、今年は、とても、とても、盛り上がり、 どの子も、どの大人も、リラックスした喜びに充ちた空間に在りました。 学校関係者も、普段この学校とまったく関わりの無い街の人たちも、 毎年イベントに参加してくれる人もそうでない人も、 おじいちゃんもおばあちゃんも、 集まってきた人たちみんながハッピーな気持ちをシェアしてくれました。 どれだけの子供達がいたんだろう? どの子もケンカする事なく、駄々をこねるでもなく、 楽しそうに嬉しそうに、風に吹かれて新緑の緑の中を駆け巡っていました。 今この世界の中で、 こんな喜びに溢れた空間を多くの街の人たちと一緒に共有できた事は、 とっても素敵な事でした。 風の街の由来のごとく、 あの日も風が私の頬と心の中を、心地よく吹いていました。 友人が隣の街から手伝いに来てくれました。 彼女がその日の事を素敵な写真と文章で綴ってくれたので、 横着して、続きはそちらに任せる事としましょう。 とっても素敵で、彼女の感性にココロ暖まります。 是非、覗いて見てくださいね♪
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2008年05月06日
節電(漏電防止策)
今、自分のエネルギーが不足してるよ〜って 消耗気味に感じている人はいますか? 元気がない、体調をちょっと崩してる、体に力が入らない... 楽しい事よりも、 心配な事、イライラする事、煮詰まっている感じ、疲れてる、 そんな あなた、 普段どんな言葉を使っていますか? 「ありがとう」、「感謝♪」、「全てはうまくいっている」、 「(幸運のツキが)ついてる、ついてる」 「素敵な言葉を、たくさん使うようにしてるよ!」って返ってくるかな。 でも、でも、もっと普通の会話の中で使っている言葉は? 何かの手続きに行った帰り、 「○○がないと、△△手続きできないんだって!」 遅れて待ち合わせについて、 「時間通りに来れなくて、ごめんね。」 遠めに友人を見つけて、 「あそこにいるの××じゃない?」 何かに困って 「どうしよう〜、できない!!」 「ない」「ない」って繰り返してませんか? それは、まるでエネルギーの漏電です。 せっかくヨガをしたり、散歩したり、リラックスに心がけて鋭気を養っても、 体のエネルギーが少しずつ漏れでてしまいます。 それを、ひっくり返して、 「○○があれば、△△手続きできるんだって!」 「ありがとう〜、待っててくれて。」 「あそこにいるの××だよね?」 「どうすれば、できるようになれるんだぁ!!」 「○○がないと、△△手続きできないんだって!」 「○○があれば、△△手続きできるんだって!」 どっちも、おなじことじゃん、何が違うの? そうかな? 何度も声に出して繰り返して言ってみてよ。 そう、どちらも、同じ事指すけど、体に感じるエネルギーが違うと 思わない? / 思うよね。 否定の言葉自体が、すでに体のエネルギーでさえ、力を弱めてしまうんだよ。 逆に、肯定の言葉は、強めてくれるんだよ。 我が家の子供達が靴ひもをようやく結べるようになった頃、 よく泣いてました。「できない〜☆」って。 だから、こちらも手が放せなかったりすると、 苦肉の策に「どうせなら「できる〜☆」って、泣いてくれる!」って、言い返してました。 子供達も素直に「できる〜、できる〜」って泣きながら靴ひもに挑戦していました。 すると、本当に不思議。 ”できる” んです。靴ひも結べて、泣きやんで、外に飛び出していきました。 「しなさい」と「しようね」も全然違うよ。 日本は、5月と云えばちょっとお疲れの出る時期。 ちょっと、言葉にも気をつけて、エネルギー・チャージ ”元気”を養うのは、ちょっとした何気ない言葉使いからもできるんだよ。 言葉は、使いよう。大切にね。
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2008年04月26日
節電(自分のエネルギー)
"We are all spiritual having a physical experience together" by Dr. William A. Tiller 「私たちは皆、物質的な体験を共に分かち合うスピリチュアルな存在です。」 ウィリアム・ティラー博士 ウィリアム・ティラー博士は、「直感と意図の関係」について科学的に研究しているスタンフォード大学の教授です。 今日は、というか、最近は、ずっと通信教育でEFT(感情解放テクニック)の上級コースのお勉強に没頭する日々を送っています。 (EFTに関しては、また後日投稿する事にして、興味のある方はネットで検索してくださいね。) 今日は、前述のウィリアム・ティラー博士のお話の入っているDVDを聞いていました。 なかなか興味がそそられる内容ながら、科学用語の多い話しに英語の読解力も、難解を示し... ...お目メグルグルな一日でしたが、実り多い一日でした...。 スピリチュアルな領域は、伴すれば各個人の感覚だけにたよって知覚されるため、なかなか怪しげな感じを受ける事もありますが、博士は、科学的にその領域に光を当てている科学者の一人だそうです。 そういう科学者達を”アインシュタイン系科学者”と呼ぶそうですよ。対して、既存のいわゆる科学者を”ニュートン系科学者”と、最近では別けて呼ぶそうです。アインシュタイン系の科学としては、光学とか量子力学とかを指すそうで、科学と精神世界の融合に一躍買っているそうです。 曰く、私たちの肉体の境界線は、いわゆる皮膚ですね。でも、私たちの生体(オーラなども含む)としての境界線は、無限に広がり共に重なり合い、共鳴し合い、繋がりあい、相互に宇宙とも影響し合う存在だということで、決してエネルギー的には孤独にはなりえないそうです。 そして、 「肉体を挟んで、内側と外側にエネルギーが広がりゆき、呼応してる。もし、自分の今の状況を変えたければ、自分の内面を変えなさい。私たちが変える事ができるのは、自分の内側のみだけです。自分の内面が変化すれば、自動的に外の世界も変化してゆきます。他人や外の状況を変えようとせず、自分の内側のエネルギーを変化させなさい。」 と、言われていた事が印象的でした。 昔からことわざで、 「子は親の鏡」といいますよね。それが思い出されました。 「子供は、親や先生や身近な大人を模倣する存在です。」といったのは、ルドルフ・シュタイナーであった。 「遠回しのように思えるかもしれないけれど、直接言葉で叱咤激励して子供のしつけをするよりも、まず、幼児が模倣しているその子の身近な大人が変わりなさい。そうすれば、その子も自然とそれに倣うから。」っと。 最初、本で読んだ時と〜〜〜〜ても、耳が痛かったのを覚えています。読後もしばらく認めたくなかったんだなぁ〜。この子のこの行儀の悪さは、私の真似をしているって。認めたくなかった。 ケド、子どもの時の自分を見ているようなのも、否めない。 きっかけは何だったか今ではもう覚えていないけれど、 ある日、白旗振って認めざる終えない日がやってきた。 何か、自分の長年の習慣を改めることを一大決心。そして、変えた。→そうしたら、呆気なく子供も自動的に、...変わっていた。 それ以来、 子供を観察していて、これは問題だぁということがあると、まずは自分をチェック。そして、主人をチェック。もし、自分が模倣されているんだとしたら、自分を変える。 たとえ我が子と云えども自分以外の人は変えられない。自分の内面なら自分で変えられるし、人を変えるよりはるかに余計なエネルギーを消費しなくてすむ。 もし、主人を模倣していると知ったら? ...、やはり、他人は変えられないので、とりあえず釘だけ刺しておこととしました。 節約したエネルギーは、自分の楽しい事のために使いましょう♪【節電】 Yoko
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2008年04月25日
空き缶拾い
我が家の子供達は、空き缶集めに余念がない。 散歩に行く時は、ゴミ袋を必ず持ち歩き、道端に落ちている空き缶を拾う。 我が子ながら関心〜と思っていたら、 良く観ると、拾う空き缶と拾わないゴミ、拾うペットボトルと拾わないペットボトルがある。 何の事はなく、何はともあれカナダのリサイクル事情が功を奏しているわけ。 アルコール類の缶と瓶は、デポジットとして10セント(10円くらい)購入時に払わされている。ので、空き缶や空き瓶を戻せば、お金も戻ってくる。 ジュースの缶もしかり。こちらは、5セント(5円くらい) 子供が良く飲む四角い紙パックのジュースも、金額は忘れてしまったけれども、お金を戻してもらえる。 水のペットボトルは、デポジットを取られていないが、スーパーが独自のサービスで行っているリサイクルセンターに持っていくと、ポイント又は現金(1セント(1円くらい))に換えてもらえる。 ...だから、散歩中ビールの空き缶を見つけると、 「10セント落ちてる〜♪」と言って駆け寄りながら拾うのだ。 子供二人を連れて、2,3時間ばかり住宅街を抜けながら散歩に出掛けると、全部でスーパーの袋で6袋くらい空き缶や空き瓶で一杯になる。重たいのに、嬉しそうに家まで持ち帰る。 道はきれいになり、拾い主は喜ぶ。共存共栄これいかに? それでも、道端に落としていく人は稀な方。 大概は、まとめて飲明した空き缶や空き瓶をリサイクルして、お金を戻してもらってる。 たとえ、小額でも夏などたくさんビールを飲むシーズンともなれば、払い戻し金額もバカにならない。(だから、道端にもそうそうたくさん空き缶は落ちてない。ゴミもそんなに普通の住宅街では落ちていないので、日本に帰ると子供達はびっくりします。特に海岸。) 正に、「チリも積もれば山となる」 子供達の方も、だいぶ ”チリが山になってきた” らしい。 二人で1,500円くらいにはなったろうか...。 最初は、宝物探し感覚で楽しんでいるんだろうと思っていたけど、妙に二人とも力が篭っている。”?” 何かある? と、思って聞いてみたら、 どうやら、 息子の誕生日に子犬を買うための資金を二人で貯めているらしかった。 いじらしい理由に胸がじ〜んときたけど、 ずいぶん現金でもある。 お金に替えられる空き缶だけじゃなく、 ゴミも拾おうね。と、自分自身につぶやいてみる。次回は、私もゴミ袋持参で。 今日も、今度はどの道を散歩(空き缶拾い)しようかと、計画を練る子供達であった。 ともあれ、道端のゴミ拾いに、多少の貢献をしているようだ。 子供ながら、地球のためになって、尚且つ、自分のためにもなる、このゴミ拾いをした後は、気持ちがいいらしい。どちらに多く気持ちが傾いているかは、聞かないでおこう。 楽しくエコ、エゴなエコの実践、子供編でした。 Yoko
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2008年04月24日
私のエコ維新
頃はバブル時代、エコとはほど遠い20代を過ごし、縁あってカナダで結婚生活をスタート。(因に、主人も日本人です) 子供ができて、ハタと気づく。バス洗剤で洗った湯船に浸かる生まれたての我が子を見ながら、「さっき洗った洗剤は、どれだけ流され落ちているんだろう?湯船に溶け入っていないのかしら?皮膚吸収されてたりしないのかな?」不安と”???”がグルグル巡り始める。 バス洗剤の替わりに、お酢を使う方法を知って私の「エコ維新」が始まった。 我が子とのスキンシップ、何でも口に入れる新生児、私の顔も舐める...、くすぐったくてかわいい♪ でも、ちょっと待って、私の顔には化粧水とクリームが☆。→手作り化粧水と乳液に替えました。 離乳食が始まって...、 でも、ちょっと待って、その食材には農薬が残ってませんか?→有機野菜にスイッチ 歩き始める、話し始める、ダダコネが始まる...、 でも、ちょっと待って、どんな風に子育てしていったらいいの?→シュタイナー教育との出会い 育児は、育自。自分育て。自分を癒していく...、 自己ヒーリングな日々からの学びは、家庭の医療を考えるきっかけに。 西洋医療と代替医療、エネルギーヒーリングって? 薬を使わない医療は、体レベルのエコじゃない? そんな始まりから、早10年ちょと。 気づいたら、エネルギーヒーリングを仕事にしている私が居ます。 レイキ・ティーチャ/マスター、EFTプラクシショナー、フラワーエッセンス・プラクシショナー ついでに、シュタイナー学校のボランティア日本語教師 & クラフト担当(ウォルドーフ人形製作など) 自分と家族にとって心地よい生活を選んでいく内に、いつしかロハスでシンプルな日々が我が家の日常と化してゆきました。 そんな日常を私の目線でお便りします。 Yoko
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2008年04月24日
はじめまして
これからいろいろと我が家のエコ事情やヒーリングのことなどをシェアしていきたいと思っています。 我が家は、八歳と十歳の野生の猿、じゃなくて元気な子供達と、日本人の私と主人の四人家族です。 縁あってカナダで出産・子育てをしています。 英語にもどかしさを感じながらも、豊かな自然に抱かれた安心して深呼吸のできるこの小さな街で暮らしています。 私たちが住むこの風の街は、次の2010年冬季オリンピック開催予定のバンクーバーとウィスラーに挟まれたカナダ西海岸の小さな街です。地元のネイティブ(最近では、差別用語であるとして”インディアン”と呼びません。)の言葉で、”風の街”を意味する、スコーミッシュと呼ばれています。深く刻まれたフィヨルド地形の一番奥、海と山と川と風の交叉する小さな街です。 小さいながら、北米一の白頭鷲の繁殖地であり、世界第二位の大きな岩山(愛称は、スコーミッシュチーフ:インディアンの酋長の顔に見える)はロッククライマーの天国として世界中から人が集まり、常に吹く風はウィンドサーファーやカイトサーファーの天国でもあり、住宅街に近い山中は、至る所にマウンテンバイクのコースが張り巡らされているアウトドア天国な街です。 自然を相手に遊ぶ我が愛しきカナダの友人達は、肩ひじ張らないエコな人たちでもあり、シンプルにさり気なく、誰かから強制されるわけでもなく”それが自分を気持ちよくさせるから”っと、エコを実践している彼らに影響を受けて我が家のロハス生活も広がってゆきます。 そんな日常に、とってもシンプルでエコな癒し、エネルギーヒーリングを家族の生活に織り交ぜながら送る徒然を載せていくつもりです。 楽しみにしていてください。 よろしくです。 Yoko
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- 14:57 |
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